昔の堀山の家

        IMAGE1-1.JPG - 28,056BYTES  

                    大倉尾根中腹小草平に昭和33年に建てられた。 旧持ち主は 山本武。
        半壊する前、昭和50年代の小屋。  この頃は小屋から表尾根が見えた。
 

         昭和57年8月 台風で上からの土砂で押し流され閉鎖。
                              
         

         57年頃 山本武から権利を譲り受けた高橋 仁美が再建に着手。
      昭和58年の台風で途中一度壊れ、
2年後再度再建スタート。
         足掛け10年かけ現在の堀山の家が造られる


                   
 半壊後 補修

           IMAGE16.JPG - 56,925BYTES

            半壊後、増改築補修された60年代前半の小屋。
           小屋が増改築で白い標識の位置から谷川の方へせり出ている。
           表尾根が見えなくなっている。


            





           昭和60年 おとうさん小屋改装に着手



  毎週末 仕事を終えた後大倉へ
   
  
     
IMAGE1-4.JPG - 36,912BYTES

小屋を建てるため車の免許を取り、資材運搬用の中古ライトバンも購入。

金曜日おとうさんは車に小屋補修用木材を積んで
自宅のある高島平から大倉へ。
木材は少しずつ自分で荷揚げ。 気の遠くなるような
時間の積み重ね。
膨大な作業量。
おとうさんの強靭な精神力、肉体がこれを可能にした。

   
      
 家族も協力

東京・高島平団地に住む。コンクリートの中の生活が山小屋造りの一因でもあった。

「土の中で生活したい。させたい。そう思いましてね。
 長男の敬(当時中学2年)も土曜日から泊り込みで
 手伝っているんです。屋根のクギ打ちは、みんな
 敬の仕事 」
「今まで週末は山登り。ウイークデーは酒飲んで家に帰り、子供の顔はあまり見たことがなかった。
今は今度きたらあそこまで造ろうと、子供と相談し
対話する。 奥さんも山に登ってご飯つくり。
一家で造り上げる山小屋。

IMAGE1-2.JPG - 43,196BYTES

     時々おかあさんや子供達もきて応援
     高島平のご近所の子供達も遊びに。



    
    「堀山の家」がNHKの朝の番組に
              
                 
          家族で作った手作りの山小屋

S-KAKUDAIIMG058.JPG - 117,873BYTES


 1985年(昭和60年)3月31日 NHk 「 にっぽん列島朝一ばん 」で
  「 堀山の家 」 が放映された時のNHK取材チームとの写真です。
 

    お父さん、お母さん、観音の久保さん アルカムの大竹さん、室賀さん 西さん 皆若い!

      烏尾山荘のオーナーから写真提供していただきました.。


  IMG014.JPG - 27,148BYTES

          高橋 仁美 

小屋の建設も軌道に乗り、ストーブにあたり疲れ
 を癒す。お釜の載ったストーブが歴史を感じさせる。
 堀山の家のルーツが忍ばれる。



     心の触れあえる小屋に

岐阜県の関が原に近い山間部出身。

「山の中で生まれたから山に興味はなかった。それが今は・・・。 都会人になったから山に
登りだしたんだろうか?」

会社は週休2日。小屋は土日の休みを利用した営業になる。
「体は365日無休になるが一週間に2回ずつ
全く違う仕事。切り替えができてかえっていい」

「採算が取れるかどうかを考えたら、何もできない。採算は度外資。心が触れあえる山小屋になればいい。ただ小屋番は、趣味ではダメだと思う。俺は金を稼いでいるんだ、という思いが心のどこかにないと、周りの小屋に迷惑をかけると思う」





       2階建てに着手

おとうさんの真摯なとりくみに山小屋組合や山仲間も応援。

IMAGE3.JPG - 32,119BYTES

柱に使う丸太は営林署から払い下げてもらう。
一番大変なのはボッカ{荷揚げ)とそれに伴う人件費。山仲間が手伝ってくれ、費用は5〜60万ぐらい。


         おとうさんの回想

IMAGE1-6.JPG - 41,670BYTES


傾斜地なので「 水準器 」をたらしてからクギを打つ。

一本の柱を建ててから 計り直し、次は何メートルの
柱が必要なのか決めていく。全くの手作り。

「 家を建てる自身なんか無かった。しかしコツコツ
  やっていくうちに家らしいのが出来てくる。
  すると自分ながら
オー!思う           」

  

    「堀山の家」の旗

IMAGE3-1.JPG - 36,447BYTESS-IMAGE6.JPG - 9,854BYTES

      手伝ってくれた故 阿部さん  
            
 阿部さん 浅草河童橋で小屋の旗を調達。
 寄贈してくれる。



     

IMAGE15.JPG - 46,813BYTES

      

 

IMAGE6-1.JPG - 30,100BYTESIMAGE8.JPG - 24,163BYTES

            2階の窓も作る。                        2階南側にも窓を作る

r
IMAGE7.JPG - 33,842BYTES IMAGE13.JPG - 27,832BYTES

     阿部さん寄贈の旗が登場                     小屋正面の屋根作りに着手     
      。                
             




IMAGE14.JPG - 32,403BYTES
         小石
 
おとうさんと同じ 高島平の住人だった小石さん。
恵比寿でプロラボ(プロの写真家を相手にした現像所)を経営。

小屋の改装手伝っていただいた。時々子供さんも一緒にきて応援。





IMAGE12.JPG - 29,858BYTES

 小石さんの子供さんも屋根からの展望楽しむ

           




    
   
リハビリで丹沢に復帰



IMAGE5.JPG - 34,172BYTES

  当時のひげさん。塩山での事故から復帰。
   リハビリ登山で再び登り始めた。
  最初は観音茶屋までがやっと。
  ひげさんがくると久保さんは小屋を閉めて       
  堀山の家まで引率してくれた。

 

  ひげさんの大恩人

   IMAGE2-1.JPG - 32,519BYTES

久保さん。観音茶屋の責任者。
小屋で使う冷蔵庫とか重い荷は彼が
担ぎあげてくれた。すごい体力。

IMAGE12-1.JPG - 39,889BYTES